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全国で活躍する在学生・卒業生たち
栗原徹さん(05年3月卒業)社会福祉法人「エスポワールわが家」理事長
當山房子さん(05年3月卒業)有限会社「福祉ネットワーク・やえやま」代表取締役
NPO法人「うつぐみ」代表理事
井上肇さん(在学中)「生活クラブやまがた生活協同組合」理事長
特定非営利活動法人「結いのき」専務理事長
小林茂さん(05年3月卒業)社会福祉法人「浦河べてるの家」
べてる生活サポートセンター長、
サービス管理責任者長
土岐達志さん(09年3月卒業)うまか食品株式会社会長
障害者福祉関係の作業所や高齢者のグループホーム等を経営
坂本通さん(07年3月卒業)IR&tiea有限会社 代表取締役
伊藤純子さん(在学中)社団法人青年海外協力協会に所属し、JICA横浜でボランティア事業を担当
小林七子さん(07年3月卒業)NPO法人子育てコンビニ代表理事、
NPO法人みたか市民協働ネットワーク理事
岡部慎一郎さん(05年3月卒業)株式会社きらめき代表取締役、
NPO法人学童保育ざりがにクラブ理事

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岡部慎一郎さんインタビュー

小林さんの写真

05年3月卒業
株式会社きらめき代表取締役、
NPO法人学童保育ざりがにクラブ理事。

岡部さんのプロフィール

株式会社きらめき代表取締役、NPO法人学童保育ざりがにクラブ理事。 愛知県東海市出身。1974年生まれ。高校中退後、鉄工所で働くうちに人の役に立つ仕事につきたいと考えるようになる。大検合格を経て、日本福祉大学通信教育学部第1期生として入学。在校中に同級生とNPO法人を立ち上げ、学童保育・児童デイサービス事業を展開。2010年7月には、株式会社 きらめきを設立。愛知県東海市に本社を置き、現在は半田市内にて児童デイサービス ゆめっこを運営する。

岡部さんの活動する愛知県半田市

半田市は、名古屋市の南、知多半島の中央部東側に位置している。古くから海運業、醸造業などで栄え、人口は平成20年に12万人を越し、知多地域の政治・経済・文化の中心都市として発展してきた。
半田市の象徴は、「山車(だし)」・「蔵(くら)」・「新美南吉(にいみなんきち)」・「赤レンガ」。山車祭りの歴史は古く、300年余の歴史があり、その伝統や文化を現在に受け継いでいる。春に曳き廻される山車は、精緻を極めた彫刻、華麗な刺繍幕、精巧なからくり人形などが備えられ、その壮観な姿は「はんだびと」の誇りとなっている。なかでも「亀崎潮干祭の山車行事」は国の重要無形民俗文化財に指定されている。


【半田市章】

【市内31台の山車が5年に一度だけ勢ぞろいするはんだ山車祭りの様子】

1.岡部さんが立ち上げた株式会社きらめきの事業内容について教えてください。

半田市にて障害を持つ小学校高学年から高校生までを対象とした、『児童デイサービスゆめっこ』を運営しています。放課後の子どもたちをただ預かるのではなく、いつもの仲間と安心して育ち合えるような環境を作ることで、学校や家にはない、地域の中の自分の居場所を見つけてもらえたら、と考えています。
また、親の意向を大切にしながらも、子ども本人の特性をより大切にしたプログラムを提供することで、児童期に育まれるという“人とつながる力”を身につけてほしいと思っています。それは大人になったとき、継続して働くために必要な能力でもあります。 障害を持つ人にとって、何かできないことがあったときに、「これはどうしたらいい?」と誰かに聞いたり助けを求めたりすることができるかどうかは非常に重要な力です。二次障害を生まないためにも、児童期のサポートはとても重要だと考えています。


【子どもたちと一日のスケジュールの確認】

【公園で活動する様子】

自分のやりたいことを探して

1.岡部さんが日本福祉大学通信教育学部へ入学されたきっかけを教えてください。

私は高校2年の夏休みに学校を中退しました。その後、地元の東海市(愛知県)の鉄工所へ就職し、5年ほど製鉄の仕事に携わっていました。あのまま鉄工所で働いていても、それなりに安定した暮らしはできていたと思います。でも、あるときから「自分のしたいことってこれなのか」と悩むようになりました。自分が何をしたいのか分からなかった。悩んだ末、考える力、学ぶ力を身につけなければと思うようになり、大学進学を意識するようになりました。
大検を受けたところ、幸運にも1年目で合格したので、それから受験する大学を探し、偶然「4月開校、インターネットで学べる」と書いてあった日本福祉大学のホームページへたどり着きました。2000年当時、パソコンを使った授業方法は非常にめずらしく、すぐに入学説明会へ参加し、入学を決意しました。実は福祉への関心はまったくなかったのですが(笑)。

2.通信教育部での在学期間は、どのように過ごしていたのですか。

通信教育学部1期生ということもあり、個性豊かな同級生に恵まれました。入学式の後の懇親会を自ら設定して交流を深めたり、バーチャルキャンパス(当時)というインターネット上のコミュニティを使って活発に交流したりしました。
また、同級生の中に難病を抱えた女性がいらっしゃったので、彼女を支援して一緒に卒業しようと数人の仲間と自主的にサポートをしていました。目の不自由な方だったので、パソコンの読み上げ機能を使えるよう、授業の内容をパソコンに打ち込み、そのデータを彼女の元へ送った事もありました。無事一緒に卒業することができたときはとてもうれしかったですね。卒業するときには、入学式の前に日本福祉大学へ訪問して取っておいた桜を使ったしおりを彼女へプレゼントしました。

3.とっても素敵なお話ですね。自主的な活動を推進することも多かった岡部さんにとって、在学中に学んだことで特に印象に残っていることは何ですか。

同級生は福祉の専門家ばかりだったので、在学中は本当に学ぶことばかりでした。「地域学習会」という自主的な勉強会のための補助制度も時には活用しながら、何度も自主勉強会を開催しました。
そのうち、同級生の一人が滋賀で障害者が働く事業所を立ち上げたので、みんなで現場訪問する機会も作りました。当時はまだ支援費制度もない時代でしたが、障害を持つ人にも賃金を支払えるように取り組む同級生の姿に強い感銘を受けましたね。他にも日本福祉大学の卒業生であり、当時NPO法人ふわりを立ち上げたばかりの戸枝陽基さんの所へも足を運びました。
さらに、ソーシャルワーカーをしている同級生が勤務する京都の病院で、3日間ほど自主的な実習もさせてもらいました。私にとっては、すべて貴重な体験でした。

注)<障害者福祉の支援制度の概要>
長いあいだ障害者への支援サービスは「措置制度」によって行われてきました。「措置制度」は施設入所や在宅サービス利用の内容を行政が決定するものであり、障害者自身の意向が反映しづらいというが指摘されていました。これらを踏まえ、2003年4月「支援費制度」が施行されました。これにより、福祉サービスを利用する方が、自ら施設や居宅支援事業者等を選択し、直接契約を行い利用することができるようになりました。この制度は、利用者が利用したサービス費用の一部を利用者負担額として所得に応じて事業者・施設に支払い、サービス費用の残りは「支援費」として市区町村が支払うという形であり、障害のある方が地域で自立した生活を営むための総合的な支援、ノーマライゼーションの理念の実現を掲げた点で障害者への施策は大きく転換する一歩となりました。
2006年4月には「支援費制度」の問題点(サービス体系の複雑さ・自治体間の格差・財源不足等)の解決を図り、より一層利用しやすい制度を目指すために、「障害者自立支援法」が施行されました。

4.今の事業を進める中で、特に役に立った授業はありますか。

私の場合、福祉の授業よりも経営や組織開発などマネジメントの授業にとても惹かれました。一方、福祉に関わる授業の内容は現場に出て初めて生きたと感じています。私は3日間のソーシャルワーカーの体験によって、心から社会福祉士になりたいと思うようになりました。探していた自分になれるのではないかと感じたんです。だから製鉄の仕事をして油まみれになりながらも教科書を読む生活を、苦も無く送ることができました。
また、哲学的な授業もとても印象に残っています。先生の個性もあると思いますが、通信とは思えないほど教科書も作り込まれていたので、より深い学びを得ることができました。(その先生とは、卒業後も連絡を取り合っていましたが、今は定年退職されてしまいました。)

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